社会問題と魔術

祈るより声を上げるべきことも

アメリカではドナルド・トランプ氏が前大統領に選出された時期から、一時は改善に向かっているかに見えた女性差別、人種差別への強力な揺り戻しが始まりました。どうやら最近は日本にもその波が到達しているような動きが強く感じられます。魔術と政治は関係ない、という意見もありますが、ちょっと立ち止まって考えるべきかな、と思っています。

いっつもいっつも、堅苦しいブログばっかり書いているのも嫌になりまして。本当のところをぶっちゃけると、今回は軽い話題でまとめようと思っていたんです。最近配信されている『三体』とか『オルタード・カーボン』は面白いぞとか、親子丼のツユは砂糖じゃなくてすりおろした玉ねぎを煮込んだ甘みの方が美味しいぞ、なんぞという誰の得にも損にもならんブログを考えてニマニマしていたんですが、世の中の動きを見ていて気持ちが変わりました。

明治時代の日本では、女性は無能力者とされていて、参政権はもちろん、財産の管理権もありませんでした。第二次世界大戦以降、憲法上は男女平等となりましたが、婚姻条件などに関する不平等は残り続けてきました。もちろん、社会全体では男女平等を謳ってはいても女性の昇進には有名な「ガラスの天井」どころか「ガラスの中二階」レベルの暗黙の障害がありますし、男女雇用均等法だってお題目みたいなものです。それでも少しずつ、私が若い頃に比べれば平等に向かって進んでいるのかな、などと感じていました。でも最近、アメリカ同様、激しい揺り戻しの動きを感じる案件が増えています、

つい最近、強行的に可決されてしまった通称「共同親権」法案の、家庭内暴力被害者への配慮の無さ。離婚後の養育費を強制的に徴収できる法律の無整備。望まぬ妊娠から子供を死なせてしまった若い女性「だけ」が逮捕されて、妊娠させた男性には言及さえされない現状。こうした不公平をあげるだけでも文字数が足らなくなりそうですし、さらには通勤電車での女性専用車両へのやまない攻撃、駅などに頻出する「ぶつかりおじさん」、その他様々な状況や手法で、手を変え品を変えて実行される女性への性加害も一向に減る気配ありません。いや、昔はもっと酷かったけれど、今はソーシャルメディアのせいで目立っているだけだ、という声もあります。でもぶつかりおじさんなどは、私も東京で数件、見かけましたし、占い師としてお客様から色々な事例を聞いているだけでも、現状を憂うには十分すぎる量があるのです。

私は法律の専門家ではありませんので、ここで日本の法制度に関して意見を述べることは、今はやめておきましょう。でも、魔術についてはそれなりに言える立場にあると思ってます。は?なんでいきなり魔術なんだよ?!と思われるかもしれませんが、ちょっとお付き合いください。

魔術や魔女術の関係者を見ていると、自分が属する社会への責任、ということで必ず選挙に行くタイプと、そうした現世的なことには全く興味もないし食指も動かない、というタイプに分かれるような気がします。それはそれで個人の生き方ですから、私がとやかく言うことはできません。とはいえ、後者の方々が「選挙なんかに行くよりも、現状を変えるスペルや儀式を行う方が楽で良い」といった発言をされているのを見ると、ちょっとこれはね、と思ってしまうのです。

実際の効果を狙うなら

歴史的に、政治的な問題に魔術で対抗したとされる事例はあります。有名なのは、第二次世界大戦中にイギリスの魔女たちが団結してヒットラーを呪った、という逸話でしょう。またつい最近では、トランプ前大統領が就任した際に、アメリカの魔女たちが彼の行動を諌めるスペルをかけたことは、ニュースにもなっていましたね。こうした行為が全く無駄だとは思いません。とはいえ、魔術のエネルギーは流れる水を越えればほぼ無に帰してしまうともいわれていますから、イギリスでの呪術はドイツにいたヒットラーまで届いたかは疑問です。また、現代アメリカの魔女たちの行動も、メディアの注目は集められたでしょうが、これだから「女」は非現実的でバカなんだ、というバックラッシュの方が大きかったような気もするのです。

第二次大戦下のイギリスの状況は、正直、私にはよくわかりません。それしかできることがなかった可能性も高いでしょう。でも二十一世紀のアメリカ魔女たちはどうなのでしょう?きっとそれ以外にも活動ができる場があったはずですし、各人のできる範囲で声をあげていたのではないでしょうか。どの国にも完全な制度など存在しません。でも一応、現代の日本では、あなたが成人であれば選挙権があります。どんなに歯痒く感じたとしても法の下の不平等は、辛抱強く立法府に訴えかけるしかありません。また、女性への加害が多い現状を少しでも変えたいのであれば、家でキャンドルを灯して呪文を唱えるだけではなく、地域の議員に改善を掛け合ったりすることも必要でしょう。デモに参加するのも良いでしょう。小さなお子さんがいるとか(私のように)健康に問題があってデモは無理、という方でも、SNSなどを使って声を上げることはできますし、オンライン署名もできます。かつてのイギリスの魔女のようにスペルしか手段がない、ことはありません。

魔術的行動とは

とくに魔術的な世界に足を踏み入れたばかりの人、また長年この世界にいても本質を把握できていない人は、えてして、キャンドルを灯したり、インセンスを炊いたり、魔法円を描いたりすること「だけ」が魔術だと考えがちです。ですが、実際は、毎日、自分の「志(こころざし)」の下に行うことの全てが魔術的な意味を持つと思います。そう、単なる自分の意見にしかすぎないから、などと思っている考えでも、しっかりと言葉を選び、誠実に発信していけば、そこからはなんらかの成果が得られるはずです。

そしてもちろん、これは女性の関係者だけの話ではありません。最近、男ばっかり責められて冗談じゃない、と思っている誠実な男性たちもとても多いでしょう。あなたたちも声をあげることはできます。さらに女性や子供、ハンディキャップのある人たちがなんらかの加害を受けている現場に遭遇したら、守る、なんていうヒロイックなことはしなくて良いのですが(あなたも危険ですから)、男性が一言「おい、何してるんだ!」と声を張り上げてくれるだけでも、こうした卑劣な加害者たちは逃げ出すことがほとんど。それだけでも、あなたにとって有効な魔術となり、人助けでもあり、ひいては一般男性への濡れ衣を晴らす行動にも繋がっていくでしょう。

魔術の中でも魔女術は実践者に女性が多いこともあり、七十年代初頭からフェミニズム運動と手に手をとったような形で発展してきました。流派によって差異はあれど、後進の私たちは皆、そうした先輩たちの恩恵を受けてきています。彼女たちの発言と行動がなければ、未だに魔術の世界でも「女人禁制」が蔓延っていたり、儀式の補助役しかさせてもらえなかったり、果ては人格を無視して性魔術の道具として扱われていたでしょう。現代の状況を手に入れられた改革は、決して密室の儀式だけの成果ではありません。はっきりと声をあげて現実的な行動を繰り返してきた彼女たちのおかげなのです。

最後に。私は魔女や魔術師は連帯して何々するべきだ、などと言っているわけではありません。ただ、自分を取り巻く社会へ働きかける方法を少し考えてみてほしいだけ。そう、ちょっとだけ、考えてみてください。

著者について

ヘイズ中村は子供の頃から神秘の世界に魅せられ、長じて占い師、魔術研究家になりました。とくにトート・タロットに惹かれて『決定版・トート・タロット入門』も執筆しました。隙間時間には下手の横好きなレース編みをしたり、異次元に想いを馳せられるSF映画など楽しんだりしています。

ヘイズ中村は下記のサイトでも活躍しています。ご意見や質問などお待ちしております!