トラブルと魔術

魔術はショートカットじゃない

人間、生きていればさまざまなトラブルに遭遇します。そしてその多くは、なかなか解決法が見えてこなくて、どんなに苦しくて辛くても、天を仰いではため息を吐くしかない、といったものばかり。実際、今現在の私も大切な人の病気を見守ることしかできず、悔しい思いを噛み締めています。でもそんなとき、ハリーポッターのようにワンドを一振りすれば全てはオーライになるのでは、と願う人もいるでしょう。でもフィクションの世界以外では、魔術はそんな風に働いてはくれません。

と、こんな風に書き始めると「ヘイズ中村はもうダメだ」などと騒ぎ出す方がけっこうおられるとも聞きました。そんなくだらない憶測を広めるくらいならば、ヘイズ中村を助けるクラウドファンディングでも始めてくれた方がよっぽど意味があると思うんですけどね。それはさておき、私が今自分も苦しい、辛い、と書いているのは、作り事ではない体験をお話ししているよ、ということだけ、です。本当にどうしようもないときって、誰にでもあるものです。

魔術の世界に憧れたティーンエイジャーが大人になると、そこには、失業や家族の病気、あるいは親の介護などといった現実世界での大きな問題が立ちはだかってきます。そしてそのどれも、かつて憧れたように魔術のワンドの一振りでは消えてくれません。この時点で、魔術なんてなんの役にも立たない偽物だ、と魔術を捨てる人も多いようです。

では魔術は本当にそんな役立たずなものなのか、というとそんなことはないと思います。ただ、現実世界での魔術の立ち位置は、いわば「スパイス」ではないか、と思うのです。例えば、あなたが美味しいカルボナーラを作ったとしましょう。パスタ、チーズ、生クリーム、卵、ベーコン。そうした材料が絶妙なハーモニーを生み出すところに、ピリリとした特徴を添えるのがひき立ての黒胡椒。そう、魔術ってこの黒胡椒にあたるようなものでしょう。上手に活用すれば、普通のパスタが絶品へと変身しますが、逆にパスタやチーズもなしに黒胡椒だけで何か作ろうと思っても、何もできません。

パスタにあたるのは

ここでパスタやチーズにあたるのが、日常生活で培ってきた常識や人脈、そしてなんらかのスキルでしょう。トラブルにあったとき、一人ではどうにもできなくても、その問題に詳しい友達にアドバイスを仰いだり、あるいは専門家に相談することで、進む方向を判断したり、次の手段を考えることができます。逆にそれさえも思いつかずにひたすら魔術書をめくるようでは、あなた自身の人生での修行が不足しすぎているといえるはず。自分には相談できる相手なんかいない、と啖呵を切る方もいますが、本当にそうならば、その人は人生という一番大きな魔術修行をサボりすぎています。なんらかの理由で友達がいないとしても、日本に住んでいるならば行政の相談窓口くらいは活用できるはずですから。

同じことが「魔術で恋人を手に入れたい」と考える人たちにもいえるでしょう。嘘だろう、と思うかもしれませんが、いまだに私が受ける相談で一番多いのがこれなのです。ここでも、現実世界で生身の人間と交流して、恋をしたり、失恋したり、といった経験を積んでいなければ、どんな恋愛魔術も成功することはありません。ましてや、告白して恥をかきたくないから、自分好みのタルパを作って交際する方法を知りたいなどは、もう返す言葉がありません。一方的に自分の欲求だけを通したい関係は、恋愛ではありません。

魔術の出番は

そうなると魔術なんて全く役にたたない。そう感じても仕方ないかもしれません。でもここで魔術はスパイスなんだ、ということを思い出してください。例えば、ものすごく複雑な問題を友人に相談したいけれど、とても長くなってしまいそうで、忙しい友人に聞いてもらえると思えない。そんなことがあったら、コミュニケーションの星である「水星」の力を利用して、少しでもわかりやすく自分が話せるように、そして友人の時間も無駄にしないで済むようにすることは可能でしょう。でも魔術はそんな素晴らしい友人を、空中から出現させてくれることはありません。そうした人脈を培ってくることは、あなたが地道に積み重ねてきたことからしか、不可能なのです。

あるいは、トラブルの真っ只中にいて、心労で眠ることもままならないような夜。そのまままんじりともせずに夜を明かしてしまえば、翌日はフラフラで仕事もうまくいかず、問題も悪化しがちでしょう。そんなときに、魔術修行で身につけた瞑想法などを駆使して気持ちを落ち着け、十分な睡眠を取るように自分を調整することはできるはず。ここでも魔術はダイレクトに問題解決はしてくれませんが、そのための体制を整える、維持するためにはとても有効なのです。

だから誰もが魔術を学ぶべきだ、などとはいいません。でも魔術の道を志した人ならば、自分の人生経験に上手に魔術を組み込んで、辛い出来事を少しはスムーズに切り抜けていくことができるはず。きっと、そこには魔術を学んできてよかった、と思える瞬間があることでしょう。

著者について

ヘイズ中村は子供の頃から神秘の世界に魅せられ、長じて占い師、魔術研究家になりました。とくにトート・タロットに惹かれて『決定版・トート・タロット入門』も執筆しました。隙間時間には下手の横好きなレース編みをしたり、異次元に想いを馳せられるSF映画など楽しんだりしています。

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