足元の文化も重要

心でも理解するために

魔術や西洋神秘学は裾野の広い分野です。その範囲は魔術書に記載されているようないわゆる「高等魔術」から、すでに慣習に紛れてしまってもうその根拠さえよくわからないような所作までを含みますし、その歴史だって古今東西を駆け回って集めたのか?!というほど、地域も年代も広くて。勢い、知識をただ必死で頭に詰め込むことになりがち。でもその知識をしっかりと咀嚼するには、もう一段階必要な作業があります。

それは、意外かも知れませんが「自国の文化を肌で知ること」です。例えば、最も有名な大サバトである「サーウィン」を調べたとしましょう。そうすると、秋の収穫を祝う行事で、余剰分の作物や屠殺された家畜で宴会を開く時期。死者の魂が現世に帰ってくる日だともされている。などといった知識を得られるでしょうし、こうした学習は大切なことです。でもそれ「だけ」ではせっかく学んだ情報も大脳レベルに止まったまま、になりがち。そこから一歩前進するには、調べた情報を消化して、自分の文化に照らし合わせてみるべきです。「収穫を祝う宴会ってことは、飲んだり食べたり、踊ったりもありそうだな。でもって、そこにご先祖様の霊が帰ってくる、と。そうなると、あ!日本のお盆に似ているな」そんなイメージがあなたの中で出来上がると、それまでは単なる文字の羅列で覚えていた知識が、すっと腑に落ちる感覚を覚えるでしょう。

西洋魔術の文化を日本の慣習や文化に引き合わせて考える。実はこれは、若かった頃の私が日本の魔術関係者から、かなり批判された経緯がある方法です。とくに、当時すでに魔術界隈で有名だったある魔女さんが、本当のフランス料理はフランスで経験を積んだシェフにしか作れない、和食の知識なんかには何の意味もない、という論説を持って、私の態度を批判されたのをよく覚えています。まあ、フランス料理の件が本当かどうかはともかく、こうした欧米一辺倒の思想が日本の魔術修行者がただただ頭でっかちで、魔術修行の理解度や実践よりも、知識の量でマウントを取り合うだけになりがち、といった実情の原因の一つにもなっているような気がしてなりません。

授業が取れない

しかし、たったこれだけでは私の勝手な思い込みに過ぎないと批判されても仕方がないかもしれません。でも、私は今でも、そしてどんなに他の関係者から批判されても、西洋魔術の知識をできるだけ日本文化と比較してから納得するという手法をやめていません。それは若かった頃、マリアン・グリーン女史から届いた、誠実で長い手紙に心打たれたからです。当時の私は、魔術修行以外にお金や時間の使い道がなかった人間だったので(涙)、片っ端からグリーン女史の通信講座に申し込んでいました。しかし、その中で一つ、事務局から受講を拒否されたものがあったのです。とてもとりたかったハーブの魔術的使用法、という講座でした。

その際の、やっと見つけた!と思った道から拒絶された絶望感を表現できる言葉は、いまだに見つかりません。でも数日後、打ちのめされた私の下に、女史から直筆の手紙が届いたのです。その手紙は、この講座を今のあなたが受講しても、生きた知識にはならないだろうし、かえって成長を妨げると思います、という書き出しで始まっていました。続く理由は、「この授業で使うハーブの多くは、あなたが住んでいる日本で自生しないことがわかりました。それを文字や店で買ったハーブの知識で補って納得してしまうのは、魔術修行の始めの一歩には有害なのです」というもの。その代わりに、日本に自生している薬草を自分で摘んで、その使用法や薬効をしっかりと身につけなさい、そうして、すでに身体感覚でわかっているものがあれば、後に出会う初めての薬草でも有効に活かすことができるようになるはずだから、と文章は続いていました。

生きた知識にするには

最初は半信半疑でしたが、そこは初心者の良いところ。言われた通りに日本古来の薬草(ドクダミとか!)を摘んでみたりしましたし、東京のど真ん中にある薬草を採り終えると、次は魔女のサバトの意味を深堀して、日本の伝統的なお祭りと比較したりする作業を始めてみました。せっかく西洋の道を選んだのになんで、と思いながら、です。でも続けていくうちに自分の中でこれまで本で学んだ知識が、文字通り「腑に落ちる」ようになってきたのです。丸暗記していた外国語の単語が、自然につながって文章になってきた、そんな感覚にも似ていました。そして、それまでなんだか気恥しくて口に出せなかった呪文やチャントを普通に唱えられるようになったり、エキゾチックな何か、でしかなかったサバトの儀式なども実感をともなって行うことができるようになってきました。

要は知識を詰め込むだけで満足するのか、それを使いこなせるようになるのかの差だ、と表現しても良いでしょう。ある知識を使いこなせるようになるためには、私たちの内面にそれを根付かせるための土壌が必要なのです。欧米の魔女や魔術師には、彼らが育ってきた背景にそうした文化がありますから、その面では有利でしょう。ですが日本人の私たちには、それがありません。もちろん、れっきとした文化的な土壌はあるのですが、かなり異質なもの。そこに西洋の知識をいきなり移植しようとしても、根付きにくいのは当然でしょう。だからといって、日本人としての土壌を根こそぎ入れ替えるのも非効率的ですし、下手をすれば心身に異常をきたすだけ。そんな危険を犯さずに、根付きやすく、成長しやすい土壌を作るもっとも効果的な作業が、自分の文化を振り返って、そこにもっとも根付きやすい魔術知識は何か、と根気よく比較しながら見極めていく作業です。

もちろん、どうしても異質だ、と感じる伝統もあるでしょうけれど、それもまた、そう感じられるだけの基盤があればこそ。どんなフレンチ料理の名シェフだって、日本に生まれて育ったならば卵かけご飯の美味しさは忘れていないはず。また外国語を流量に使いこなすには、まず日本語ができていなければダメ、というもの周知の事実です。複数の文化圏を跨いでの精神修行は、面倒ではありますが、自分の生まれを振り返っての多くの再発見にも恵まれるものです。魔術知識を単なる「外国の珍しい何か」で終わらせないためにも、自国の文化を振り返り、深く掘り下げる作業をしていきましょう。

著者について

ヘイズ中村は子供の頃から神秘の世界に魅せられ、長じて占い師、魔術研究家になりました。とくにトート・タロットに惹かれて『決定版・トート・タロット入門』も執筆しました。隙間時間には下手の横好きなレース編みをしたり、異次元に想いを馳せられるSF映画など楽しんだりしています。

ヘイズ中村は下記のサイトでも活躍しています。ご意見や質問などお待ちしております!