トートとの出会い
秀麗なカードですが、使いこなすのは大変!
「史上最高、世界一のタロット・カード」と評されることが多いトート・タロット。また作成者のアレイスター・クロウリーが不世出の大魔術師だということもあり、通常のタロットにはない不思議な効果や力があると囁かれることも少なくありません。果たしてそうした逸話は本当なのでしょうか。そんな疑問を、長年、トート・タロットと共に過ごしてきた私、ヘイズ中村の思い出も絡めてお話しします。
まず最初に正直なところをバラしてしまうと、私がずっとトート・タロットをメインの道具として使用している主な理由は「好きだから!」という一点につきます、単純な理由でごめんなさい。でもこれでは話になりませんね。ということで、他のタロットとはどう違っていたのか、なども思い起こしてみました。私がタロットを使い始めた頃は、現在のように様々なカードを気軽に選べるような環境ではありませんでした。ほとんどの製品は大アルカナ22枚のみしかない状態でしたし、78枚がきちんと揃っていたのは、辛島宜夫氏制作のエジプト風タロットか、木星王氏がアレンジしたウェイトJK版か、くらいだったのです。辛島氏のモノクロな絵柄はあまりピンときませんでした。また木星王氏バージョンのウェイト版は優しい色調で占いやすいと感じましたが、何かが足りない、という気持ちが強かったのです。
そこに、アメリカに留学していた友人がトート・タロットを持ち帰ってきてくれました。それまで手にしていたタロットよりはかなり大判のそのカードは、緻密で幾何学的な描写、謎めいた表情の登場人物、多様な彩色、多種多様な象徴など、他のタロットを寄せ付けない美しさで私を魅了したのです。そしてなによりもそれまで渇望していた「神秘性」を体現したかのような構成は圧倒的でした。中でもとくに両腕を大きく広げた姿から放射状に円弧が描かれる『女司祭』の姿は、単なる占いを超えて神秘世界へと足を踏み出そうとしている私を歓迎してくれているように思えて、何時間もうっとりと見惚れていたのは甘酢っぱい思い出です。当時は本当に小さな英文のブックレットしかなく、しかも、そのページが乱丁&ボロボロで不明な箇所も多い、という情けない状態でしたので眺めるしかできなかったのです。ただ、のちにこのカードの意味は秘教への参入伝授者であるというのを知り、私の直感も捨てたものではないと浮かれたことも正直にお伝えしておきます。
やがて英語の『The Book of Thoth』を取り寄せ、辞書を片手にえっちらおっちらと占いに使いながら、トート・タロット特有の神秘的象徴やカバラ、錬金術といった背景知識も書籍を使って一生懸命学ぶ、という気の遠くなるような道程が始まりました。あの頃は本当に若かったですし、他のタロットを使うという選択肢さえ考えられないほど、もうトート最高!トートが使えるようになったら他は何もいらない!状態だったんです。要は恋をしているようなものですね。トートに出会ったのがもう少し遅かったら、この熱情はなくて、単なるコレクターズ・アイテムとしてしまいこんでしまっていたことでしょう。
あらためていうまでもなく、私はトート・タロットが魔術系のタロットしては最高峰だと考えていますし、その学習がタロットだけではなく西洋魔術全般の深く広い知識獲得に繋がるのを疑ったことはありません。ただ、実際に使ってみると巷でいわれるような「最強のタロット!」「これだけで占いができる、すごく当たる!」といった評判はどうなの??と思うところがでてきたのも、また、事実なのです。
本当に最強のタロットなのか
トート・タロット最強説の最たるものは、魔術的な力が込められているから、持っているだけでお守りになる、不思議な現象が起きてくる、というものでしょう。種明かしをすれば、この説がまことしやかに唱えられた頃は、日本でトート・タロットの入手そのものが困難でしたから神格化されてしまったせいだろう、といえそうです。そのせいか気軽に手に入るようになった昨今では流石にこんな話は聞かれなくなりました。でも、トート・タロットはすごく当たる、黙って座ればぴたりと当たる!という説や、トートならば全ての未来、全ての真実を見通すことができる、といった主張は今でもよく耳にします。おそらく黙って座れば云々は、質問を告げずに占う特殊な「クロウリー・スプレッド」からの誤解でしょう。しかし、全てが見通せるとといった話は今でもよく聞きますし、極端な場合では占い師が「私はトート・タロットを使っているから当たる占い師なんです」と宣伝のように使うことさえあるようです。
実際のところ、トート・タロットを使った「だけ」では、的中率が上がるわけでもありません。というよりは、さまざまな象徴やカバラ、占星術などをしっかり勉強しないで使っていれば、普通のタロット・カードやルノルマン・カードなどより読みにくくて、はっきりした回答が出しにくくなってしまうようにさえ感じています。例えば、うまくいっていない恋人との仲を一般的なタロット・カードで占って「死神」のカードが出たとしましょう。ルノルマンだったら「棺」のカードが相当するでしょうね。どちらの場合も、意味は「一つの状態が終わって次のステージに進む」といったものですから、死からの連想も楽ですし占いの結果も出しやすいはずです。でもこれがトート・タロットになると、基本的には宇宙の輪廻転生、などといった漠然とした意味しかついていませんし、このカードに関連する『法の書』でも『王者よ、「汝も死すべし」というかの嘘を思うなかれ。誠に汝は死なず、生きるなり』などと記されていて、じゃあ、この恋愛は終わるの、終わらないのどっちなの??!!となってしまうことが多いのでは?実際、私のところにトートを学びにくる生徒さんからは「結局、変化するという意味でしか回答が出せません」と相談されることもあるくらいです。
こうした「トートに込められた情報が多すぎてはっきりした回答が出せません症候群」(長い!)に罹患して、学習途中でトートを投げ出してしまう人はけっこうおられますし、開き直って「魔術的だから、はっきりした回答なんて出ないんだ」と言い出す人さえいるようです。この落とし穴から這い上がるには、しっかりと錬金術やカバラの象徴を学ぶ必要があるでしょう。そうすればある日、霧が晴れるように意味が見えてくるようになるはずです。これが私が、一に学習、二に学習!と言い続ける理由なのです。それにこのタロットの名前の元になっているエジプトのトート神は、文字を発明し学問を推奨する神。上の画像でもトート神は魂の重さを計るアヌビス神の傍に控えて、緻密に記録を取り続けています。そんな神の名前が付けられたカードを、学習せずに直感だけで使いこなせる、などと思うのはお門違いも甚だしいといえるのではないでしょうか。
そう、トート・タロットの強みをフルに活かして真の「最強のタロット」として使うには、汗水垂らして学習するしかありません。それなしでは、とても神秘的で美しいカードだけれど、意味そのものは曖昧でどうとでも取れる回答しか出せない変わったタロットでしかないのです。そんな勿体無い状態にとどまらず、トート神の名に恥じないように努力を続けようではありませんか。